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読書の秋

何か本が読みたくなり、昔読んだ本を読み返し始めました。読書の秋ともいいますが、脳みそが活字を求めるのは、暑さにやられていた脳みそがようやく動き出したからですかね。読み返している本は、チャールズ・ブコウスキー著「死をポケットに入れて」であります。

ブコウスキー爺さんの小説を読んでると、くそったれ〜って聴こえてくるようで面白いのでありますが、これは日記であります。爺さんがマッキントッシュのコンピューターを手に入れて、こちこちと1991年の日々、ほぼ競馬と執筆活動となんやかんやの日々を綴った日記。まあ、今ように言えばブログみたいなものですかね。(マッキントッシュは2si、くーっ懐かしいねえ。こんなこと言ってるのはおっさんの証なんだけどね。)爺さんのくそったれ〜と言ってる感じはここでも健在で、人間は70過ぎても思慮分別あって落ち着く訳ではないんだなと思ってしまいます。

爺さんがマーラーについて、述べている箇所があったので、引用おば。
「ラジオからマーラーが流れている。彼は大胆な賭けに出ながらも、いともやすやすと音を滑らせる。マーラーなしではいられない時がある。彼は延々とパワーを盛り上げていってうっとりとさせてくれる。ありがとうマーラー、わたしはあなたに借りがある。そしてわたしには決して返せそうもない。」
同意。そして爺さんはもっといったれとか、マーラーこらやめるなとか、くそったれとか、たぶんラジオにしゃべりながらその日の日記を終えてます。

そういえば、私もiMacで、ブコウスキーのまねじゃないけど、その日の出来事を書いていたことがあった。(iMacはrevB、ボンダイブルーであった。懐かしいねえ〜)
2003年9月1日(月)にはこんなことが書いてありました。
「腹が減った、ごま入りパン、がじる、うまい、うとうとする、ねる、ついでにバッハをかける、ベートーベンをかける、バッハをかける、ベートーベンをかける、あきた、はらへった、紅鮭かぶりつく、ごはんがぶりつく、うまい、ああ、ねむい、ねむる」
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文章は、宮沢賢治のなにかを引用したと思うけど、やっていることが今と変わらん。