バッハ〜マタイ受難曲

聖トーマス教会合唱団、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団マタイ受難曲

ザ・シンフォニーホールへ。やっぱり、ライプツィヒはバッハの暮らしていた街だし、 本場もんという感じがする。大阪のたこ焼きとか、津山のホルモンうどんとか、富士宮のやきそばとかそんな感じがする。聖トーマス教会にいたっては、バッハが働いていた場所。今年で設立800周年記念とからしい。・・・スルーしそうになったけど800年とはとんでもなく昔だ。1212年は日本は鎌倉時代まっただ中、鴨野長明が方丈記を完成させた年。想像がつきにくい。古代には宮のあった大坂も、その頃は中州が点在する地帯で、京から下る川沿いに集落が点在するぐらいではなかったか。
 話をもとに戻して、今回の演奏だけど、まだ東京の3公演を残しているので詳しくは書かない。(というか詳しく書くだけのボキャブラリーが無い)ちょっと驚いたのは少年合唱団結構迫力がありました。セーラー服着た、ちっちゃい体のどこにそんなパワーがあるのだと思いましたよ。
今回の公演を聴いていて感じたのは、受難のドラマが目の前に立ち上がってきた事。前半は冷静に聴けていたのだが、イエスが捕縛されるあたりから、だんだん冷静じゃなくなってきた。やっぱこの曲は音楽である以前にドラマなんだ。このコンビの演奏は目の前にイエスがひきづり出されるような臨場感を感じました。そういう情景を作り出すという事はツボが分かっているんだろうなあ。
ここから先はクリスチャンの方には既知のことかも知れないけれど、イエスを嘲笑する群集心理の恐ろしさ。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、自分を救ってみろ。神の子なら、十字架から降りてこい。」ひどいこといいますね。緊迫感に満ちた十字架シーンの中にも、ふっと暖かいアリアと合唱(第60曲)が入って、ドイツでの演奏会ではすすり泣きが聴こえてくるとか読んだ事あるけど、分かるような気がしますよ。今までもお気に入り音楽として聴いてきたマタイ、ドラマとしてとらえたら福音史家の重要性も分かってきた。ますますこの曲のスバラシサを感じてます。
動画は、聖トーマスも、ゲヴァ館も鴨長明も全然関係ないけど、マタイで一番好きなバスのアリア(第65曲)。魂が空に昇っていくかのようなアリアと勝手に解釈してます。「わがココロよ、自分を浄めなさい、わたしはイエスをこの身の中に葬ります。」