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音楽とつけもの

村上春樹インタビュー集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」を読んでいた。
インタビュー集なので、気負うこと無く読むことができる。
短編小説はある程度プロットをためておいて、時をへて熟成させておいて、作っていくというのが興味深かった。
小説作りはワイン作りのように熟成させていくものなのか、なるほど。

翻って、自分のことを考えてみた。
自分はケンチクヤであるから、いろいろ建物の形を着想することも必要ですが、
実情は、クイックレスポンス。クイックレスポンス。
がんがんとその場で処理しなければいけない。
とても、漬け物のようにじっくりと熟成の期を計っている訳にはいかない。

近年ブームが続いているクラシック音楽を聴くことはどうだろうか。


バッハのマタイ受難曲は、バッハの最高峰と言うからには聴かねばならないとCDを買ってきたが、最初は暗くて長い曲だなとしか思わなかったが、しばらく放置し、改めて聴くと、開眼する。こころの奥に奥に入ってくる。あんなに陰鬱に聞こえたのが、なんだか魂が救われた感じがする。

ブルックナー交響曲第8番もそうだ。あの曲は壮大すぎて、とらえどころが無い。街行く人々が思わず耳を傾けるキャッチーな曲とは一番対局なところにあると思う。でも、CDを買ってから、しばらくして聴き直すと、開眼する。自分が大自然やあるいは宇宙と対峙しているような感覚を覚える。

ワーグナーニーベルングの指輪、ぱっと聴きはおっさんがぶつぶつつぶやいているような音楽にしか聞こえなかった。でも、時をおいて聞き直してみると、権力と欲望の織りなすドラマに圧倒された。

と、言う訳で、音楽に開眼するというのは、時間をおいて熟成する漬け物理論というのがあるのではないかとひとりごちていました。


夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです